NYT『21世紀の最高の本100冊』完全ガイド:1位は『リラとわたし』、503人が選んだ今世紀の正典
ニューヨーク・タイムズが503名の作家・批評家の投票で選んだ『21世紀の最高の本100冊』を、集計方法・トップ30・全体の傾向・日本人作家ゼロという批判・邦訳で読めるかまで、ガーディアン版との比較つきで解説します。
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結論:これは「いまの英語圏文壇が選んだ、今世紀の正典」
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)の書評部が、503名の小説家・批評家・詩人・編集者らに投票を募って集計した「21世紀の最高の本100冊(The 100 Best Books of the 21st Century)」を、2024年7月に発表しました。8日から12日まで、1日20冊ずつ5日間かけて公開されるという、お祭りのような企画でした。
栄えある1位は、イタリアの覆面作家エレナ・フェランテ『リラとわたし』(原題 My Brilliant Friend、「ナポリの物語」四部作の第1巻)。2位はイザベル・ウィルカーソンのノンフィクション『The Warmth of Other Suns』、3位はヒラリー・マンテル『ウルフ・ホール』と続きます。
ポイントは3つです。第1に、これは「いちばん売れた本」ではなく、作り手と評者が選んだ本だということ。第2に、2000年以降に絞り、小説だけでなくノンフィクション・回想録・グラフィックノベルまで含む「本」のリストだということ。第3に、これは時代を問わないガーディアン『史上最高の小説100選』の、いわば**「今世紀版」**として読むと面白い、ということです。本記事ではトップ30と全体の傾向、そして日本の読者がいちばん気になる「日本人作家ゼロ」問題まで整理します。
どんなランキングか/集計方法
NYT書評部は、統計サイトThe Upshotと組み、小説家・ノンフィクション作家・詩人・学者・編集者・批評家・出版人・翻訳者・書店員・図書館員といった**「文学の関係者」503名**にアンケートを送りました。質問はシンプルで、「2000年1月1日以降に刊行された、最高の本を10冊挙げてください」というもの。回答を集計し、上位100冊を順位づけしたのが今回のリストです。
注意したいのは、アンケートが「最高(best)」の定義を一切示していない点です。影響力なのか、完成度なのか、再読に耐えるかは、各回答者の判断に委ねられました。つまりこれは厳密な学術調査ではなく、主観の集合です。NYT自身も「決定版」をうたっているわけではなく、回答者の一部の投票用紙を公開するなど、「対話のきっかけ」としての性格を前面に出しています。
なお、本リストとは別に、読者が選ぶ100冊も同時に企画されました。村上春樹『海辺のカフカ』『1Q84』などはこちらの読者版に登場しますが、本記事で扱う専門家投票の本リストとは別物です。
トップ30
順位は、複数の信頼できる二次情報源(Book Riot、書店各社、Korea.netなど)で照合した値です。原著の刊行年と邦題を添えました。
| 順位 | 作品(邦題/原題) | 著者 | ひとこと |
|---|---|---|---|
| 1 | リラとわたし/My Brilliant Friend | エレナ・フェランテ | ナポリの少女リラとレヌーの友情を描く四部作の第1巻。文学性と読みやすさの両立 |
| 2 | The Warmth of Other Suns | イザベル・ウィルカーソン | 米国の「黒人大移動」を描く大型ノンフィクション。本リスト最高位の非小説 |
| 3 | ウルフ・ホール/Wolf Hall | ヒラリー・マンテル | ヘンリー8世時代のクロムウェルを描く歴史小説。ブッカー賞 |
| 4 | The Known World | エドワード・P・ジョーンズ | 黒人が黒人奴隷を所有した米南部を描く。ピュリッツァー賞 |
| 5 | コレクションズ/The Corrections | ジョナサン・フランゼン | 崩れゆく中西部一家の群像。ゼロ年代米文学の代表作 |
| 6 | 2666 | ロベルト・ボラーニョ | メキシコ国境の連続殺人を軸にした未完の大長篇 |
| 7 | 地下鉄道/The Underground Railroad | コルソン・ホワイトヘッド | 逃亡奴隷の物語を「実在の地下鉄道」として描く。ピュリッツァー賞 |
| 8 | アウステルリッツ/Austerlitz | W・G・ゼーバルト | 失われた記憶をたどる、写真を挟んだ独自の散文 |
| 9 | わたしを離さないで/Never Let Me Go | カズオ・イシグロ | ある運命を背負った若者たちの寄宿学校。映像化多数 |
| 10 | ギレアド/Gilead | マリリン・ロビンソン | 老牧師が息子に宛てる手紙の形式。ピュリッツァー賞 |
| 11 | オスカー・ワオの短く凄まじい人生 | ジュノ・ディアス | ドミニカ系米国人一家の呪いと愛。ピュリッツァー賞 |
| 12 | 悲しみにある者/The Year of Magical Thinking | ジョーン・ディディオン | 夫を突然失った喪の1年の記録。全米図書賞 |
| 13 | ザ・ロード/The Road | コーマック・マッカーシー | 終末世界を歩く父と子。ピュリッツァー賞。映画化 |
| 14 | Outline | レイチェル・カスク | 語り手が「輪郭」として消える実験的三部作の第1作 |
| 15 | パチンコ/Pachinko | ミン・ジン・リー | 在日コリアン4世代の物語。Apple TV+で映像化 |
| 16 | カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険 | マイケル・シェイボン | コミック黄金期を生きた従兄弟。ピュリッツァー賞 |
| 17 | セルアウト/The Sellout | ポール・ビーティ | 人種を笑い飛ばす過激な風刺。米国人初のブッカー賞 |
| 18 | リンカーンとさまよえる霊魂たち | ジョージ・ソーンダーズ | 死者たちの声で語られる墓地の一夜。ブッカー賞 |
| 19 | Say Nothing | パトリック・ラデン・キーフ | 北アイルランド紛争の未解決事件を追う取材記 |
| 20 | Erasure | パーシヴァル・エヴェレット | 黒人作家が「らしい本」を皮肉で書く。映画『アメリカン・フィクション』原作 |
| 21 | 立ち退き/Evicted | マシュー・デズモンド | 米都市の貧困と強制立ち退き。ピュリッツァー賞 |
| 22 | いつまでも美しく/Behind the Beautiful Forevers | キャサリン・ブー | ムンバイのスラムを描くノンフィクション |
| 23 | Hateship, Friendship… | アリス・マンロー | ノーベル賞作家の短篇集 |
| 24 | オーバーストーリー/The Overstory | リチャード・パワーズ | 樹木と人間を結ぶ群像。ピュリッツァー賞 |
| 25 | Random Family | エイドリアン・ニコール・ルブラン | ブロンクスの家族を10年取材したノンフィクション |
| 26 | 贖罪/Atonement | イアン・マキューアン | 少女の嘘が人生を狂わせる。映画化 |
| 27 | アメリカーナ/Americanah | チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ | 米国と英国を生きるナイジェリア人女性の物語 |
| 28 | クラウド・アトラス/Cloud Atlas | デイヴィッド・ミッチェル | 6つの時代が入れ子になる構成。映画化 |
| 29 | The Last Samurai | ヘレン・デウィット | 天才児とその母を描く(黒澤映画とは無関係) |
| 30 | Sing, Unburied, Sing | ジェスミン・ウォード | 米南部の家族と亡霊。全米図書賞 |
1位『リラとわたし』は、世界40か国・1000万部超を売った「ナポリの物語」四部作の出発点。HBOで連続ドラマ化もされ、文学性と物語の引きを両立した作品として、作家・批評家の支持が広く集まりました。
全体の傾向
1. ノンフィクションと回想録が強い
「本」のリストなので、小説以外も対象です。実際、2位ウィルカーソン、12位ディディオン、21位デズモンド、22位ブーなど、ノンフィクションや回想録が上位に多数入りました。小説だけのガーディアン版とは、ここが最大の違いです(とはいえ後述のとおり「ノンフィクションが少なすぎる」という逆向きの批判もあります)。
2. 女性作家・黒人作家の存在感
1位フェランテをはじめ、マンテル、ロビンソン、アディーチェ、ウォード、ディディオン、マンローと、女性作家が上位を多く占めます。また2位ウィルカーソン、4位ジョーンズ、7位ホワイトヘッドと、黒人作家・人種をめぐる作品が目立つのも今回の特徴です。
3. 翻訳文学の躍進
英語以外からの翻訳作品が確実に食い込んでいます。6位ボラーニョ(スペイン語)、8位ゼーバルト(ドイツ語)、1位フェランテ(イタリア語)に加え、後半には韓国のハン・ガン『菜食主義者』(49位)、ノルウェーのヨン・フォッセ、デンマークのトーベ・ディトレウセン、ベラルーシのアレクシエーヴィチらが並びます。
4. 賞レースの「答え合わせ」になっている
トップ30だけでもピュリッツァー賞・ブッカー賞・全米図書賞の受賞作がずらりと並びます。今世紀の主要文学賞の受賞・候補作を、ほぼなぞる形になっており、その意味では「意外性は少ないが順当」なリストです。
5. 同一作家の複数入り
フェランテは『リラとわたし』(1位)に加え「ナポリの物語」完結巻『失われた女の子』(80位)と『The Days of Abandonment』(92位)で3作。ジョージ・ソーンダーズ(リンカーンとさまよえる霊魂たちほか)とジェスミン・ウォードも3作で、この3名が最多タイです。ほかにヒラリー・マンテル(ウルフ・ホール、ブリング・アップ・ザ・ボディーズ)、ロベルト・ボラーニョ(2666、野生の探偵たち)、エドワード・P・ジョーンズなどが2作ずつ入っています。
31〜100位の主な作品
全100冊の完全な順位はNYTの原リスト(後掲)で確認できます。ここでは31位以降から、日本でも話題になりやすい作品を抜き出します。
- 34 シチズン/Citizen(クローディア・ランキン)/人種をめぐる詩とイメージの作品。全米批評家協会賞
- 35 ファン・ホーム/Fun Home(アリソン・ベクダル)/父と娘を描くグラフィックノベル。ミュージカル化
- 36 世界と僕のあいだに(タナハシ・コーツ)/黒人の息子へ宛てた手紙。全米図書賞
- 40 H・イズ・フォー・ホーク(ヘレン・マクドナルド)/喪失とタカの調教の回想
- 46 ゴールドフィンチ(ドナ・タート)/少年と一枚の名画。ピュリッツァー賞。映画化
- 47 マーシイ/A Mercy(トニ・モリスン)/ノーベル賞作家による奴隷制初期の物語
- 48 ペルセポリス(マルジャン・サトラピ)/イラン革命下の少女期を描くグラフィックノベル。アニメ映画化
- 49 菜食主義者/The Vegetarian(ハン・ガン)/肉食を拒む女性の物語。国際ブッカー賞。著者は2024年ノーベル文学賞
- 50 トラスト/Trust(エルナン・ディアズ)/金融神話を多層的に解体する。ピュリッツァー賞
- 51 ライフ・アフター・ライフ(ケイト・アトキンソン)/何度も生き直す女性の物語
- 59 ミドルセックス(ジェフリー・ユージェニデス)/インターセックスの語り手の家族史。ピュリッツァー賞
- 65 プロット・アゲンスト・アメリカ(フィリップ・ロス)/もしも反ユダヤ主義者が大統領になったら、の歴史改変
- 76 トゥモロー・アンド・トゥモロー…(ガブリエル・ゼヴィン)/ゲーム制作に人生を賭ける二人。世界的ベストセラー
- 90 シンパサイザー(ヴィエト・タン・ウェン)/ベトナム戦争後を生きる二重スパイ。ピュリッツァー賞。HBO映像化
- 93 ステーション・イレブン(エミリー・セントジョン・マンデル)/パンデミック後の旅する劇団。HBO映像化
このほか、ボラーニョ『野生の探偵たち』(38位)、アニー・エルノー『歳月』(37位)、マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』(42位)、N・K・ジェミシン『第五の季節』(44位)など、各国・各ジャンルの話題作が後半にも散らばっています。
議論:誰が入って、誰が落ちたか
公開直後から、このリストはさまざまな議論を呼びました。代表的な論点を3つ挙げます。
ノンフィクションが少なすぎる、という批判。 「本」のリストなのに、ふだん多くのノンフィクションを薦めているNYTにしては、結果的に小説に偏りすぎたという指摘があります。ノンフィクションの良書が埋もれた、という不満です。
先住民作家の不在。 トミー・オレンジら近年高く評価される先住民の書き手が、自分たちの生を描いた作品で1冊も入っていない点は、多様性の観点から強く批判されました。
近年・英語圏寄りという構造的偏り。 2000年代前半より、ここ10年ほどの話題作が多く入りすぎている(記憶に新しい本ほど票が集まる「最近バイアス」)という分析や、回答者の多くが英語圏である以上、英米中心になりやすいという指摘も繰り返されました。要するにこれは「世界文学の客観的順位」ではなく、**「いまの英語圏文壇が共有する正典像のスナップショット」**として読むのが正確です。
日本の読者向け:韓国文学の躍進と「日本語作品ゼロ」
日本の読者にとって、このリストには対照的な2つの事実があります。
ひとつは、韓国・アジア系文学の躍進です。韓国のハン・ガン『菜食主義者』が49位に入り(著者はその後2024年にノーベル文学賞を受賞)、在日コリアンの4世代を描いたミン・ジン・リー『パチンコ』が15位、イラン系のサトラピ『ペルセポリス』、ベトナム系のウェン『シンパサイザー』など、ディアスポラ(移民・離散)の物語が高く評価されました。
もうひとつは、日本語で書かれた作品が1つも入っていないことです。日本生まれのカズオ・イシグロ『わたしを離さないで』(9位)は入っていますが、これは英語作品としての収録。村上春樹は同時公開の「読者が選ぶ100冊」には登場するものの、専門家投票の本リストには入りませんでした。韓国文学が世界の「正典」に食い込む一方で、日本語の現代文学がこの種の英語圏リストにほとんど届いていない——という現実は、考えさせられるところです。
邦訳については、トップ30の小説はほぼ日本語で読めます。フェランテ「ナポリの物語」(早川書房)、イシグロ(ハヤカワepi文庫)、ハン・ガン(クオン/河出文庫)、ミン・ジン・リー『パチンコ』(文藝春秋)などは入手しやすい一方、上位のノンフィクションや短篇集には未訳・品切れの作品も含まれます。
まとめ:ガーディアン版と並べて「正典の地図」を持つ
この種のランキングは、正解ではなく対話のきっかけです。1位が『リラとわたし』であることに納得するかより、「自分なら何を入れて何を外すか」「なぜ日本語作品が落ちたのか」を考えるほうが、ずっと豊かな読書につながります。
積読・読書リストとして使うなら、おすすめは次の3通りです。
- 王道から — まだ読んでいないトップ10から1冊。今世紀文学の共通言語が増えます。
- 傾向から — 自分が手薄なゾーン(翻訳文学、ノンフィクション、グラフィックノベル)を意識して31〜100位から拾う。
- 比較から — 時代を問わないガーディアン『史上最高の小説100選』と並べて読むと、「不動の古典」と「今世紀の新顔」の差がくっきり見え、自分なりの「正典の地図」が描けます。
出典:本記事は、ニューヨーク・タイムズ書評部『The 100 Best Books of the 21st Century』(2024年7月発表、503名の投票による)の順位・内容を、Book Riot、Open Culture、Korea.netなど複数の二次情報源で照合してまとめたものです。完全な全100位は、NYTの原リスト(nytimes.com/interactive/2024/books/best-books-21st-century.html、有料)でご確認ください。
一次情報・参考リンク
- The 100 Best Books of the 21st Century, According to Book Riot's read of the NYT list https://bookriot.com/best-books-of-the-21st-century-nyt/ 公開
- The New York Times Presents the 100 Best Books of the 21st Century, Selected by 503 Novelists, Poets & Critics | Open Culture https://www.openculture.com/2024/12/the-new-york-times-presents-the-100-best-books-of-the-21st-century.html 公開
- NYT places 'Pachinko,' 'Vegetarian' on 21st century's top 100 | Korea.net https://www.korea.net/NewsFocus/Culture/view?articleId=255019 公開
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